物語を創り続けるために、創造性を養う土台を学ぶ。ーーエンジニア・高橋 純一さん

エンジニアとして働きながら、漫画や舞台の制作といった創作活動にも情熱を注ぐ高橋さん。創作に向き合う姿勢が大きく変わったというMoDでの3ヶ月の学びについて、じっくりとお話を伺いました。

高橋 純一 Junichi Takahashi
プロダクトエンジニア。1987年広島県うまれ。スタートアップのエンジニアや、大手企業(住友商事・丸亀製麺)の 新規事業子会社 CTO 経験を経て独立。MoD第二期生。


幼少期から続けてきた、物語をつくること

ーー幼少期からものづくりがお好きだったそうですが、どのような経緯で現在の創作活動に繋がっているのですか?

子どものころから、空想や工作が大好きでした。学生の頃は同人イベント向けにゲームを制作・販売したり。
現在は仕事でウェブやアプリのプロダクトを開発、趣味で漫画や舞台(漫才やスキット)をつくっています。

ーーMoDを受講するきっかけは、漫画を描き始めたことだと聞いています。その漫画は出版社に持ち込みまでされたとか。

やっぱり一度は自分で漫画をつくってみたいな……!と。
自作の漫画の持ち込みをするのは初めてのことで不安もあったのですが、出版社の編集者の方から、「作品を完成させたことは素晴らしい」「人物や背景の描き方をがんばってレベルアップしよう」という言葉をいただいて、もっともっと頑張っていい作品をつくりたい!と思いました。

テクニックではなく、創作の「土台」を求めてMoDへ

ーーそこで漫画の専門学校ではなく、より抽象的な「創造性」を学ぶMoDを選ばれたのはなぜだったのでしょうか?

自分の場合、まず、近々は、漫画や舞台の上手な作り方・演じ方といった「技術」ではなく、基本となる「創造性」を育てることが大切だなと思ったからです。
創作においての考え方、目や手の動かし方など、これからの人生の創作活動の「土台」を築きたかったんですね。

「わけて、わかる」という発見

ーーMoDでの学びで、ご自身の中にどのような変化がありましたか?

「わけて、わかる」ということです。
どんなものでも(花や草、トースターなど……)、自分が「わかる」ところまで「わける」ことができれば、つくることができる。
このことを学べたのは大きくて、いままでは「うっ……」となっていたような複雑な構造のものに対しても、恐怖を克服し挑めるようになりました。

「アテナイの学堂」の模写の課題が出た際に、試しに模型を作ってみたりと
「わけて、わかる」感覚を掴んでいったとのこと。

最終課題で得た、クリエイターとしての新たな視点

ーーじゅんさんは、最終課題の提出直前で、それまでと全く違うものを作り直して提出していたことが、とても印象的でした。

最初はプロダクトエンジニアとしての知識を活かして、ウェブ・アプリを最終課題として提出しようと思っていたんです。でも、なんだか、ちょっと「これはプロダクトエンジニアとして得意なことをやっているだけで、MoDで学んだ創作の『土台』の意識ができていないかも」という違和感が自分自身の中にあって……。
それで最後の最後にががーーっと切り替え、ぜんぜんウェブでもアプリでもない、それでも他の方に喜んでもらえるようなものをつくってみることにしました。

最終発表で作成した紙ずもう。それまではAIを活用したデジタルプロダクトをつくっていました。

ーーその経験を経て、どのような変化がありましたか?

それまでは、どうしても「プロダクトエンジニア」というフィルターを通して、世界を見て、ものを作ったり・演じたり、考えたりしていたように思います。
最後の最後にががーーっと切り替えは大変でしたが(笑)、このときから「創作者」としてのマインドセットをもって、より広く・深く、いろいろなことを考え、目や手を動かせるようになりました。

MoDは、表現し続ける人のための「基本姿勢」を学ぶ場所

ーー最後に、高橋さんにとってMoDはどんな場所でしたか?どんな人におすすめしたいですか?

創作活動は3ヶ月で完成するものではなく、ずっと、まなび・つくりしていくものだと思います。
MoDは創作の「土台」、そして、講師の方々や仲間からのフィードバックを通して、つくることはたのしい!うれしい!という気持ちを育んでくれる場所でした。
これから何かをつくることをはじめたい・つづけたいと考えるすべての人におすすめしたいです。

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