「役に立つから学ぶ」の先へ。新潟の二代目経営者にとってのデザインという「豊かな遊び」ーー刺繍会社 代表取締役・野口 貴広さん
「仕事だとどうしても責任があるので、言葉は悪いですけど、遊びづらいですよね。でも、学びの場の課題は枷を外してよくて、本当に楽しかったんです。」
新潟県で刺繍・プリント加工などを手掛ける会社の二代目経営者、野口貴広さん。当初は「事業の課題解決」という実利的な目的でデザインを学び始めましたが、その過程で、学びそのものに純粋な楽しさを見出したと言います。
経営者として常にプレッシャーと向き合う野口さんが語る、仕事と学びの決定的な違い。そして、MoDを通して知った「豊かな遊び」としてのデザインの魅力について、詳しくお話を伺いました。
野口 貴広 / Takahiro Noguchi
新潟県で刺繍・プリント加工などを手掛ける会社の代表取締役。家業を継承し、20代で代表に就任。伝統的な技術を守りながら新たな価値提供を目指し、デザインの学習を開始。デザイン塾「MoD」三期生。
「待ち」の経営からの脱却。事業の課題感から始まったデザインの学び
――現在、代表という立場ですが、もともと家業を継ぐ強い意志を持って入社されたのですか?
いえ、正直に言うと、昔から強く思っていたわけではありません。ただ、幼い頃から会社によく遊びに来ていて、仕事の風景を日常的に見ていたので、「いつか自分が継承するのかもしれない」という潜在的な意識はあったと思います。
東京の大学を中退して地元の専門学校に通い直し、卒業後の進路を考えたとき、父が高齢であることや病気を患ったこともあり、「万が一の時にそばにいた方がいい」と考えました。他に明確にやりたいことがあったわけでもなかったので、家業に入ることが最善の選択だろうと。それが始まりです。
――そこからデザインを学ぼうと思われたのは、どのような経緯があったのですか?
入社して4年ほど経ち、26歳の頃に代表に就任しました。経営者として事業の未来を考えたとき、デザインの必要性を強く感じたんです。
それまでの弊社のビジネスモデルは、お客様から具体的な依頼を受けて加工する「受け身」のスタイルがほとんどでした。しかし、この「待ち」の姿勢のままでは今後の成長は難しい。単に加工を請け負うだけでなく、企画やデザインの段階から「御社の商品なら、こんな仕様で作ってみませんか?」と提案できる体制を作りたいと考えたのです。
また、社内のデザイナーと対話する上で、経営者である自分自身にデザインへの深い理解(=物差し)がなければ、適切なコミュニケーションや評価、指導ができないという課題感もありました。
120点を狙うか、60点で置きにいくか。「仕事」と「学び」の違い
――そうした課題感の中で始めたMoDでのデザインの学びはいかがでしたか?
率直に、ものすごく楽しかったです。 仕事には常に「失敗できない」というプレッシャーや、業績への責任が伴います。時には120点を目指すよりも、納期やコストといった制約の中で「いかに赤点を取らないか」が重要になる場面も多々あります。確実な「60点」を取るために、無難な選択を強いられる瞬間もどうしてもある。でも、そのプロセスに面白みを感じるのは正直難しいですよね。
一方で、学びの課題にはその「枷」が一切ありません。
――仕事で課題解決に取り組むプロセスとは、何が違ったのでしょうか?
一番の違いは、プレッシャーと責任の有無です。仕事での選択は会社の売上や仲間の雇用に関わってきますが、学びの場なら、たとえ見当違いなアウトプットになったとしても誰かに謝る必要はありません。
言葉は悪いのですが、仕事では「遊べない」ときも多いんですよね。だからこそ、MoDなら責任から解放された状態で、0点か100点かというような大胆なアウトプットに挑戦できる。リスクを恐れずに自分の表現を突き詰め、純粋に思考と創造のプロセスを楽しめる。そこが大きな違いでした。
MoDでは、正解がない問いばかり投げかけていただく機会が多かったのですが、もともと経営という「正解のない問い」に直面する環境には慣れていたので、答えのない課題について頭を悩ませ、手を動かす時間そのものが純粋に心地よかったです。
怠け者だからこそ、あえて「強制力のある環境」へ
――独学ではなく、コミュニティ(スクール)で学ぶことを選んだのはなぜですか?
これはもう、私が「怠け者体質」だからです。自分一人では確実に三日坊主になります。筋トレもパーソナルトレーナーをつけていますし、経営の勉強も、月に一度ベンチャー企業の社長にフィードバックをもらう場を設けて自分を追い込んでいます。
デザインを学ぶときも、お金を払ってでも強制的に継続できる環境に身を置くことが必要だとわかっていました。勉強しようと思っていても、時間を天引きして確保しないと、結局メールチェックから始めて、気づけばいつの間にか仕事をしてしまいますからね。
MoDではプロの講師の方と学べることはもちろん、同期となる受講生の皆と同じ課題に取り組めることがとても良かったです。他の受講生のデザインを見て刺激や発見をもらう機会となり、時間的な拘束力を持たせる以上のメリットを感じました。
自分の中にできた“物差し”。顧客への提案と自信が変わった
――受講を経て、実務面ではどのような変化を感じていますか?
明確に変わりました。お客様とデザインの話をする際、以前は感覚的で曖昧な返答しかできなかったのが、今では論理的、かつ自信を持って自分の考えを伝えられるようになりました。自分の中にデザインに対する一定の理解と「物差し」ができたことで、お客様からの信頼も得やすくなったと実感しています。
また、思考のプロセスも整理されました。何かを考えるとき、アイデアを広げる「発散」と、それをまとめていく「収束」のフェーズを意識的に使い分けられるようになり、頭の中が混乱せず、物事にすっきりと取り組めるようになりました。純粋に、想像力が豊かになった実感もありますね。
伝統を未来へ。人生を豊かにする「生涯の趣味」を見つけた。
――受講前の目的を振り返ってみて、今思うことはありますか?
学び始めた当初は、事業の課題解決という目的が100%でした。しかし、続けていくうちに「これは純粋に楽しいな」と感じるようになり、今では自分にとって豊かな「遊び」や「趣味」のような感覚になっています。
もちろん、会社としてデザイン能力を高めていく必要は今後もありますが、それ以上に、この年齢になって「学ぶことが楽しい!」と心から思える分野に出会えたこと自体が、何よりの収穫です。
最後の授業で行った、12週間の振り返りワークのコメント
――最後に、今後の展望と、この記事を読んでいる方へのメッセージをお願いします。
私のミッションは、会社のルーツである「着物の刺繍技術」を、現代に合った新しい形で継承していくことです。減りゆく仕事をただ待つのではなく、デザインの力を使って新たな価値を創造し、持続可能な事業として未来に繋いでいきたい。
デザインは見た目を飾るだけのものではなく、課題解決のための思考プロセスそのものです。また、純粋に楽しいものです。
もし、かつての私のように「興味はあるけれど一歩踏み出せない」という方がいれば、ぜひ挑戦してみてほしいです。実務に役立つことはもちろんですが、何より「学ぶことって、こんなに楽しかったんだ」という人生を豊かにする発見が、きっと待っているはずです。